先進セルロース材料共同研究講座では、木材・プラスチック複合材料(ウッドプラスコンポジット/WPC)を中心とした研究開発を進めています。WPCは30年以上前から市場展開されており、知らず知らずのうちに使用している場合もあります。原料は、木粉やパルプなどのセルロース素材です。セルロースは熱可塑性物質ではありませんが、ポリプロピレン等の熱可塑性樹脂と複合化することで、一般的なプラスチックと同様に成形加工ができる特徴があります。
セルロースは基本的に親水性物質、ポリプロピレン等オレフィン樹脂は基本的に疎水性、化学的構造も異なりお互いに物質としての親和性もありません。一般的に親和性がない物質を混合しても、お互いが足を引っ張り、材料としての性能は低下します。
そこでWPCは、セルロースとポリプロピレンの間をつなぐ(接着する)、相容化剤が添加されています。それにより異種原料同士を複合化しても性能が低下しません。WPCの説明で「相容化剤」を「相溶化剤」と記載されている場合があります。「相容」は分子レベルではなく混ざった状態、「相溶」は分子レベルで混ざった状態を示す用語であるため、一般的なWPCでは「相容化剤」と記載する方が良いと考えられます。高分子分野の英語では、「相容」は「compatibility」、「相溶」は「miscibility」と記載されています。
WPC製品が市場に出て、30年以上たちます。最初の動機は、木材加工工場や製材所で排出される「のこくず/かんなくず/おがくず」の有効利用として、樹脂に混合して利用することが考えられたかもしれません。そのこと自身は、現在でも基本的に間違ってはいないと思います。しかし、適当に木粉と樹脂を混合しても、得られた材料の物性は、ベースの樹脂よりも低下します。相容化剤を活用しても、混合・複合化方法が適切でないと材料物性は低下します。
現在、大学等でのWPCに関する研究開発はとても少なくなっています(以前は、現在のナノセルロースのようにブームがあり、様々なところで研究開発が実施されていました)。木粉を樹脂に添加しても、ベース樹脂よりも物性低下をわずかに抑えた等の説明も聞いたことがあります。正しい適切な方法で木粉と樹脂を複合化すると、材料物性は必ず向上します。木粉は増量剤ではなく、樹脂を補強するためのフィラーとして機能させないと意味がありません。
複合材料の場合、その物性として、引張強度は正しく製造しないと向上しません。引張弾性率は、正しく製造しなくても、ベース樹脂よりも硬い弾性率の高い素材を添加すると、正しく製造していなくても向上します。曲げ強度・曲げ弾性率は、高弾性素材を添加すれば、正しく製造していなくても、どちらも向上します。もし、セルロース系複合材料を作製して、弾性率がベース樹脂より低下していたら、根本的に原料や製造方法が間違っています。
WPCでは相容化剤の機能がとても大切です。相容化剤は、ポリプロピレン等の樹脂にマレイン酸をグラフト化したものが主流です。相容化剤は、「酸変性樹脂」、「MAPP/マップ」等とも呼ばれています。「MAPP」はマレイン酸をグラフト化したポリプロピレン(PP)の意味です。二塩基酸物質(カルボキシル基が分子内に2個ある)であるマレイン酸をPPにグラフト化するとコハク酸構造になりますが、カルボキシルは2個残っています。相容化剤は加熱乾燥して酸無水物構造にして、WPC製造時に添加すると、セルロースの水酸基とエステル結合を形成し、相容化剤のベース樹脂の分子は、複合化させる相手樹脂と分子的に混合して、セルロース(木粉等)と樹脂(ポリプロピレン等)をお互いにつなぐことができます。しかし、相容化剤は一般的にポリプロピレン等の汎用樹脂よりも高価です。そのため、数パーセントの少量添加が普通です。また、相容化剤の添加割合を上げすぎると、脆い材料になる傾向があるため、少量添加の方が適切です。
相容化剤の主鎖のオレフィン分子は、混合・複合化しようとするオレフィン樹脂と分子レベルで混合できる必要があるため、同じオレフィン構造が必要です。例えば、ポリプロピレン(PP)にマレイン酸をグラフト化した相容化剤は、木粉とポリエチレン(PE)の複合化には、基本的には適していません。PPとPEは分子レベルで混合し難い素材です。
相容化剤のような二塩基酸物質は、脱水して酸無水物構造の方が、カルボキシル基そのままよりもエステル結合能が高いことが知られています。アセテート(酢酸セルロース)の製造でも、無水酢酸(2個の酢酸分子が脱水して結合)が使用されています。相容化剤を上手く使うためには、事前に加熱乾燥・脱水することが大切です。単純に、吸水している樹脂は、成形時に水蒸気となり気泡の発生等の不具合を起こします。
木材プラスチックコンポジット(WPC)等のセルロース系樹脂複合材料では、化学的性質の異なるセルロースとポリプロピレン(PP)等の界面をつなぐ相容化剤の添加がとても重要です。しかし、材料の特性に応じて最適な相容化剤を選択し、最適な状態で添加する必要があります。セルロース系樹脂複合材料では、マレイン酸をグラフト化したポリオレフィン(PP系が主流)がよく用いられていますが、様々なものが流通しています。相容化剤の官能基となっているコハク酸構造の部分とセルロース等の水酸基の間に、エステル結合を形成させることが大切になります。
そのため、マレイン酸のグラフト量が多い方が結合形成点が増加して、物性向上効果が期待できます。また、ベースとなるポリオレフィンの分子量も高い方が望ましいです。分子量が小さい相容化剤(主鎖のオレフィン分子)を用いると、低分子の樹脂によって、全体的な物性低下を引き起こす場合があります。気をつける必要があるのは、高分子量の相容化剤は融点等も高くなることです。そのため、しっかり適切な条件での溶融混練が大切になります。
相容化剤にグラフト化したマレイン酸(グラフト後は、コハク酸構造)は二塩基酸であり、酸無水分構造の時に、エステル結合形成能が高くなります。そのため、相容化剤を使おうとする前には、オーブン等で加熱して脱水し、酸無水物構造にすることが望ましいです。カルボキシル基が開いたままで、樹脂に添加して加熱すると、反応性が悪いだけではなく、溶融混練中に、酸無水物構造になると水分子が出てきます。
さらに、セルロース等の水酸基と相容化剤の間に形成されたエステル結合が切れてしまうと、効果が期待できません。エステル契合を切断するよう物質を添加する場合には、注意が必要です。明確なメカニズムの解明はされていませんが、樹脂の流動性や成形加工性を改善するために添加される滑材(ステアリン酸塩等/金属石けん等)は、相容化剤の効果を低下させると言われています。
セルロース系樹脂複合材料では、その混合物を単純化すると、セルロース、ポリオレフィン、相容化剤、の3種類になります。これらを溶融混練により複合化しますが、セルロースと反応する相容化剤のみで溶融混練した後に(エステル結合を先に進行させる意味)、PP等のポリオレフィンを加えて、目的の複合材料を作製する。あるいは、3種の成分を一度に混合して、溶融混練する、などの添加手順による影響も、場合によっては考える必要があります。しかし現状、どのような混合手順が効率的かは、明確にはなっていません。
WPC等のセルロース系樹脂複合材料では、相容化剤の添加は基本的に必須です。どの程度、添加したら良いのか悩む場合もあるかもしれません。相容化剤は、オレフィン樹脂にマレイン酸をグラフト化させるプロセスが追加されるため、一般的な樹脂よりも高コストになります。たくさん添加したら、最終的な部材等のコストも上昇します。
相容化剤の種類にもよりますが、基本的には、数パーセントの添加で十分です。逆にたくさん添加しすぎると、脆くなったりと材料物性が低下する場合があります。上図のグラフは、自前で作成した相容化剤(ポリエチレンにマレイン酸をグラフト化)とセルロース繊維を溶融混練により複合化した場合の試験片の強度試験結果(応力-ひずみ曲線/SSカーブ)です。マレイン酸のグラフト量が0.25wt%で十分に強度が向上しています。この事例では、0.25wt%しかセルロースと共有結合できる官能基が無いため、セルロース繊維の周囲が完全にマトリックスの樹脂と結合しているとは考えにくいです。結合量は極わずかだと考えられます。しかし、強度は十分に向上しています。これは、上図の左に示したように、界面全体が接着しなくても、一部が接着して、それが全体に広がっていれば、強度は十分に発揮される、多点相互作用の効果と考えています。
木は古くから建材としても重要な材料です。法隆寺は世界最古の木造建築と言われています。長い年月の間には、台風や地震などにもあったと思います。木材中の主要成分は、セルロース、ヘミセルロース、およびリグニンですが、それぞれの物質の間には、共有結合は極わずかしかないと言われています。各成分のほとんどが、水素結合や分子間力など、いわゆる弱い結合で繋がっていると考えられています。しかし、木材は外力に対して、しなることで、とても丈夫です。高い靱性(タフさ)を持っています。もし、木材成分の間が、完全に共有結合で強固につながっていたら、どうなるでしょうか?多分、とても硬くてもろい材料になると思います。木材では、各成分が緩く・弱く結合し、その界面が滑ることで高い靱性を発揮していると考えています。
つまり、相容化剤の添加量が少量ということは、共有結合でつながっていない、滑る界面を持たせることができていると考えることができます。セルロース系複合材料に限らず、複合材料では、滑る界面の考え方も重要とされています。
相容化剤は複合材料において、異種素材の界面を接着し、高強度のフィラーによる補強効果を発揮しています。相容化剤の効果は、単純にそれだけではありません。相容化剤によりセルロース等のフィラーと樹脂が接着することで、溶融混練中に練られた樹脂に引っ張られて、フィラーの分散性も向上します。フィラーの分散性は、材利用物性に大きく影響します。材料の破壊の多くは、フィラーがダマになっていたり、ボイド(空隙)の部分から発生すると考えられるため、分散性の向上はとても大切です。
木材プラスチック複合材料(ウッドプラスコンポジット/WPC)は、成形加工法の工夫で、木材と同等の見た目や手触りを付与することができます。日本での年間国内市場は4万トンもあります。アメリカ等の海外では、年間100万トンの市場があり、ホームセンターでも日曜大工の材料としても販売されているようです。アメリカ等では、庭が広くウッドデッキ等が普及していますが、その材料としてもWPCは人気があります。WPCは、普通の木と異なり、耐水性や耐腐食性があり、虫等に対しても抵抗性があります。そのため、メンテナンスフリー材料です。木材のように見えるため、ウオーターフロントの遊歩道やデッキなどにもよく使われています。高価な材木の加工屑を活用した材料も開発されています。上図のヒバ材を用いたWPCはヒバが持つ抗菌成分も活かした抗菌性WPCです。WPCは、JIS規格も制定されています。先進セルロース材料共同研究講座メンバーも規格委員を担当しました。