現在、地球環境負荷低減、再生型資源の高度利活用がとても重要になってます。セルロースは地球上で最も大量に再生産されているポリマーです。その量は、毎年1000億トン以上と言われています。さらに、地球上に存在する植物等のバイオマス量は、1兆8000億トンと言われています。
植物の中で、木材は古くから道具の材料、燃料、紙、建材、家具等として幅広く利用されてきました。近年(10年以上前から)、木材やパルプから製造される超微細なセルロース繊維である、ナノセルロース(セルロースナノファイバー/CNF)が関心を集めています。ナノセルロースは、製造方法により幅3nmから20nm(国際標準:ISOでは、幅100nm以下をナノセルロースとしています))と超微細ですが、その物性は、軽量でありながら高強度であり、可視光の波長より微細なために透明、特殊な流動性(チクソトロピー)、熱に対する変形(膨張・収縮)が石英ガラス並み、高純度セルロースは無味・無臭・無毒など様々な特徴を持っています。
新素材であるナノセルロースでは、特に軽量・高強度の特長を活かして、ポリプロピレン等の汎用樹脂やゴムに添加・複合化することで、高性能な材料開発が進められています。しかし、一般的なナノセルロースの製造では、大量の水に分散させた原料が必須であり、かつ繰り返しの機械処理が必要であるため、得られたナノセルロースはとても高価なものになります。また、ナノセルロースは大量の水を含んでおり、熱風乾燥や凍結乾燥(フリーズドライ)などの汎用乾燥方法では、ナノセルロース同士の凝集が発生し、利用性が著しく低下します。
我々のグループでも、ナノセルロースの製造から複合材料化まで、様々な側面から研究開発を進めてきました。しかし、かかったコストと得られた材料の性能は釣り合わない、つまり、費用対効果は低めだと感じています。樹脂複合材料では特に費用対効果は低いです。
ナノサイズのナノセルロースではなく、ミクロンサイズの木粉(100-200μm程度)を用いた複合材料(木材・プラスチック複合材/ウッドプラスチックコンポジット/WPC)は、40年前から市場に出ており、国内市場は年間3〜五万トンあるとされています。アメリカや中国などの海外では、年間100万トン市場と言われています。ナノセルロース樹脂複合材料も、基本的にはWPCの技術を基盤としています。
WPCは主に建材用途で使われており、成形方法は押出成形が主流です。樹脂製品は射出成形ができないと、単位時間の生産量が高められずに低コスト化が難しくなります。WPC製品においても、射出成形で製造する技術の構築が求められています。現在、射出成形で製造されたWPC製品は、ある程度市場には出ていますが、汎用樹脂製品を大きく代替できるまでは至っていません。
我々のグループでは、ナノセルロースに関する研究開発で得られた知見・技術を従来からのWPC分野に取り入れることで、射出成形可能でかつ高性能なセルロース系複合材料の開発を目指しています。
本共同研究講座のスポンサー企業である、マナック(株)は、WPC分野で様々な実績を上げており※、共同で研究開発を進めることで、より社会実装できる技術に高められると思っています。
※マナック(株)は、2022年10月17日にWPC分野で実績のあったトクラス(株)からWPC事業(責任者:大峠慎二)を譲受しています。トクラス(株)の旧社名は、ヤマハリビングテック(株)です。
私は、1992年3月に、広島大学大学院理学研究科で生物化学系のテーマで学位を取得し、同年4月から国立の工業系研究機関に就職しました。ここの研究機関でのテーマは、セルロースの新たな工業利用に関する技術開発(セルロースの微粒子化)で、大学時代の基礎的研究とは大きく異なり、最初は色々と戸惑いました。そもそもセルロースは全くの専門外でした。就職先を間違ったとも思いました。翌年、やはりセルロースをしっかり体感しようと思い、当時すで新進気鋭で著名だった、東京大学の磯貝明先生の研究室に短期間ですが、滞在することができました。期間は短かったですが、磯貝先生ほほ初め、現在、大御所と言われるセルロース関係の先生方とも知り合いになることができました。このことは、今の研究開発にも大きく繋がっています。
私が就職して配属された所は、紙パルプ系の研究室でした。紙・製紙ではなく、セルロースの新しい材料化技術として、パルプや綿の微細化技術開発がテーマでした。学生時代には関係なく見たこともなかった粉砕機などを使い、条件を変えてひたすら粉砕し、生成物を分析するの繰り返しでした。
ナノセルロースではとても大きな課題になっていますが、セルロースは凝集する物質です。そのため、粉砕等で機械的に微細化しても、凝集して微粒子が得られませんでした。そこで、セルロースと親和性がある添加剤を加えて、生成した微粒子の周囲をコーティングして、凝集を抑制する方法について研究開発を進めました。PEG(ポリエチレングリコール)などを少量添加することで凝集抑制でき、水分散させれば数ミクロンの微粒子がえられることが分かりました。しかし、その用途が無いと意味がありません。前職は、国立の工業系研究機関であり、社会実装を見据えた研究開発が基本の職場です。
そこで、成形材料として使えないか検討しました。しかし、セルロースは熱可塑性物質では無いため、微細にしても成形加工は簡単ではありません。そこで、熱可塑性樹脂と混合・複合化することでプラスチックのように加熱成形できる材利用開発を進めました。最初は、セルロースとPEGとの複合体を熱プレスして、立体的な成形体を作成しました。セルロースの割合が80wt%でも成形できましたが、PEGが水溶性でのため、実用的な成形品に展開できそうではありませんでした。その当時(約30年前)、木粉とポリプロピレン等のオレフィン樹脂を複合化した複合材料(木材・プラスチック複合材/ウッドプラスチックコンポジット/WPC)が市場展開してきました。我々のグループも、それらの技術開発に取り組みました。
WPCの開発では、セルロースをターゲットとして木粉の製造、セルロース原料の微細化、粉砕、せん断処理等がキーワードでした。ひれらの技術開発は、現在、新しいコンセプトのWPC開発、ナノセルロース製造・特性解析・材料化技術、ナノセルロースを基盤とするバイオ燃料(バイオエタノール等)と続いています。
学生時代は生物化学系のテーマでしたが、就職してからは、連続して「セルロースと粉砕」をコンセプトとした技術開発を30年以上続けることができ、自分としても良かったと思っています。
これまで、様々な業種の企業と共同研究等で連携を進めていました。前職は、国立の工業系研究機関で、いわゆる大学のような基礎研究のみが求められている職場ではなく、得られた知見や蓄積した技術を活用した企業連携が、組織の存在意義だと感じていました。実際、最近の国立系大学でも社会実装は重要課題となっています。学術的にとても意味のある研究はとても大切ですが、将来何かにつながるでもなく、企業の現場からみると全く無理な趣味のような研究、教育的にも意味があるのか分からない研究など、本当に実施すべきことは何なのか、よく考えるべきといつも思っています。
企業では、優秀な新卒の若者も中堅の技術者も、3Kと言うと良くないかもしれませんが、危険な装置や原材料が周りにあふれている工場や現場で、研究開発を進めている場面も多いと思います。そのような企業の方と一緒に仕事をするためには、我々も少しでも現場に近い感覚で取り組むことが必要と感じています。また、同じ現場の話題で盛り上がりたいと思っています。それらを通じて、製品開発の課題や苦労を少しでも理解して、本当に社会実装できる技術開発を進めることが、我々には求められていると思います。
そのようなことから、私としては、現場の資格、工業系・安全管理系の管理資格など、機会を見つけて資格取得に努めています。
※下位資格取得後に上位資格取得の場合、両方を記載しています。