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広島大学 大学院 先進理工系科学研究科 先進セルロース材料共同研究講座

セルロース・複合材料の分析評価SERVICE&PRODUC

セルロースのエックス線回折

 木材中の主要成分は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンです。この中で、セルロースはセルロース分子が規則正しく集合した構造を持つ、「セルロースミクロフィブリル」です。この規則正しい集合から結晶性を示します。セルロースを原料等として取り扱う場合、セルロースの結晶性は、場合によりとても重要となります。
 木材からパルプを製造したり、木粉を樹脂と複合化する場合には、一般的には、セルロースはダメージを受けて結晶性が低下していきます。結晶性が低下したセルロース原料を複合材料等に利用すると、期待した補強効果が発揮されない場合もあります。
 上図には、一般的なセルロース原料として、木材、パルプ、コットンリンター(綿花/精製済み)のエックス線回折パターンを示しました。代表的な回折ピークとして、低角度から3ピーク(11-0、110、200)があります。ピークに付けている3種の数値は、結晶構造の点群(数学的形状表記法)で示されるもので、日本語では、11-0は、イチ・イチ・バー、ゼロ、200は、ニー・ゼロ・ゼロと読みます。結晶の立体の位置なので、110面(イチ・イチ・ゼロ・めん)等と呼ばれる場合が一般的です
 コットンリンターとパルプや木材(木粉)は15度付近の形が異なっていますが、これは、本来はコットンリンターが示すように2つのピークがあるところが、パルプや木材では結晶サイズが小さいためにブロードになって1つのように見えているだけです。
 このようなエックス線回折ピークが鋭い(シャープ)な場合は、結晶性が高く、なだらか(ブロード)の場合は、結晶性が低いと考えることができます。上図では、左側の軸に5k/cps等と記載していますが、これは回折したエックス線を検出器がカウントした値です。単位のcpsは、1秒あたりの検出器のカウント数の意味です。この値は、エックス線回折装置により異なり、サンプルの調製方法によっても変わるため、ピークの高さを、他のデータと比較しても意味がありません。回折パターンで比較等するのが一般的です。また、ヘミセルロースやリグニンは非晶質(アモルファス)な物質であるため、回折ピークは出てきませんが、20度付近になだらかな山(ハローパターン)として現れるため、木材等の評価でのエックス線回折のパターンには、セルロース以外に非晶質のヘミセルロースやリグニンも重なって現れていることに注意が必要です。

※上図のエックス線回折を測定した装置は、粉末エックス線回折装置(広角エックス線回折装置)です。エックス線回折装置には、単結晶エックス線回折装置、薄膜エックス線回折装置、測定する領域により、広角エックス線回折装置、小角エックス線回折装置などがあります。

結晶と非晶質のエックス線回折評価

セルロースの結晶性・シェラーの式

 上の項目「セルロースの結晶性(エックス線回折測定)」でも記載したように、ヘミセルロースやリグニンの様な非晶質(アモルファス)な物質は、一般的なエックス線回折ではハローパターンを示します。セルロースの結晶の本体は、セルロースミクロフィブリルですが、そのサイズ(幅/直径)は3nm程度でとても微細です。エックス線回折ピークの鋭さは、結晶のサイズに影響されます。
 結晶のサイズとピークの鋭さは、「シェラー(Scherrer)の式」で表すことができます。結晶のサイズとピークの鋭さ(上図で、ピーク半価幅)は、反比例の関係にあります。ピーク半価幅とは、ピークの高さの半分の位置の幅のことで、ピーク半価幅が小さいと言うことは、鋭いピークであることを意味します。このことは、結晶性が高い物質でも、その結晶サイズが小さいと、エックス線回折ではブロードに見えてしまうことを示しています。つまり、結晶性(結晶化度)は、物質の結晶サイズが小さい場合は、高結晶性なのか非晶質(アモルファス)なのか、判断できないことになります。
 セルロースは本質的に結晶サイズが小さいため、処理プロセスによっては、さらに結晶サイズが小さくなる場合も考えられ、結晶性をキッチリ評価するためには、固体NMR等での評価方法も併用することも大切です。
 結晶性のセルロース以外に非晶質のヘミセルロースやリグニンが含まれた材料、例えば、木粉等をエックス線回折で評価する場合、別途求めたヘミセルロース等の成分割合をハローパターンとして回折パターンから、差し引いてセルロースの結晶性を算出する方法やセルロース由来ピークをピーク分離によって算出する方法はありますが、誤差が大きくなる場合や計算している人の意思が入り、結果が正しく出ない場合もあります。そのため、同一系内での評価であれば、様々な回折を含んだ測定そのままの回折ピークを用いて議論する方が無難な場合も多いです。

※「シェラー(Scherrer)の式」:スイスの物理学者であった、パウル・シェラー(Paul Scherrer)が1918年に示した、粉末エックス線回折パターンから結晶の大きさを評価する計算式。
文献:P. Scherrer, Göttinger Nachrichten Gesell., Vol. 2, 1918, p 98.

エックス線回折によるセルロースの結晶化度算出法1

セルロースの結晶化度計算1
セルロースの結晶化度計算2

 セルロースの結晶化度を算出する場合の注意点は、前項に記載しましたが、ここでは、実際の計算方法の事例を紹介します。上の「セルロースの結晶性(エックス線回折測定)」の項で示したように、セルロース原料のエックス線回折パターンは、由来によって異なっています。
 算出方法1の図では、我々が用いている、東京大学・磯貝明教授の文献による方法を示しています。コットン(綿花)由来のセルロースでは。15度付近には、2つのピークが観察されます。この算出方法では、低角度の方の110面(イチ・イチ・ゼロ・めん)のピークを使って、左の方に示した計算式で算出します。ここの装置補正数は、我々は複数台のエックス線回折装置を使いましたが、「1」としました。その根拠は、例えば、結晶性の高いコットンリンター等のエックス線回折パターンを測定し、計算式に導入して、結晶化度が95%になるように装置補正数を決めました。エックス線回折パターンは、装置への依存性も高いため、同型系内での相対比較であれば、装置補正数は「1」で問題無いです。100%セルロース結晶の物質は無いと考えられているため、本当に真の値は分かりません。そのため、他機関のデータでのセルロースの結晶化度の値と直接的には比較はできません。この方法では、110面(イチ・イチ・ゼロ・めん)のピークを使っていますが、木粉や木材由来パルプは、2つピークが観察されません。エックス線回折データは、そもそもデータが誤差をそれなりに含んでいるため、我々は、ペースライン(上図では緑の破線)から見て、最も高い場所を基準として計算しています。セルロースの結晶化度計算値は誤差も大きいので、算出基準は、そのデータを必要とする機関で決めた方法で良いと思います。
 算出方法2の方法は、エックス線回折でのセルロースの結晶化度計算ではよく使われている方法です。提案者の名前を取って、「シーゲル法」とも呼ばれていますこの方法は、非晶質(アモルファス)の20度付近のハローパターンと部分的に重なっている200面の回折ピークを利用するため、結晶化度産出値の直線性が低いとされています。算出方法1の論文では、そのことが指摘されており、それを解決する方法として15度付近のピークを利用する方法が提案されています。
 以上のように、セルロースの結晶化度は、装置、算出方法によって変わります。外部に発表・報告する際には、どのようにして値を求めたかは、併記・説明が必要です。

セルロースの固体NMR測定と結晶性

セルロースの結晶性・固体NMR

 前の項に記載したように、エックス線回折のみでは、セルロースの結晶性を評価できない場合(結晶サイズがとても小さい場合)があるかもしれません。そのような場合には、固体NMR測定が有効です。とても汎用的な装置ではありませんが、セルロースの場合、結晶部分と非晶部分のピークが別の位置で観測されます。C4位とC6位です。この番号は炭素原子の順番を示すもので、分子構造から国際的基準に従って、1番(C1)、2番(C2)・・・と続きます。このC4位とC6位は、一般的にはセルロースの結晶と非晶を反映するとされていますが、セルロースの学術的考えでは、結晶と言うより、水素結合が正しく形成されているところと、乱れているところ(セルロースミクロフィブリルの表面なども)に由来するもので、必ずしも、結晶・非晶と区別はできないと言われています。
 しかしながら、C4位とC6位のピークから、もし結晶サイズがとても小さくても、上図で示した赤線で示すピーク(低磁場側のピーク)が大きければ、結晶部分が多いと言えます。もし、エックス線回折で低結晶性に見えても、固体NMRで解析すると、実は高結晶で結晶サイズが小さいセルロース素材だったということもあるかもしれません。セルロースの解析は簡単ではないので、気になるときは、様々な分析手法を組み合わせて、総合的に評価することが大切です。
※NMRのピークの説明で用いる、低磁場側-高磁場側、の表現は、NMRの原理から来るもので、スペクトル図の、左側は、低磁場側、右側は高磁場側です。横軸のppmの値が大きくなる左側が低磁場側なので、勘違いに注意が必要です。

セルロースの偏光顕微鏡観察

 セルロースの偏光顕微鏡観察

 セルロースり基本単位は、セルロースミクロフィブリルです(参照:基礎解説/木材組織とセルロース/木質組織の基本構造)。このミクロフィブリルでは、セルロース分子が繊維軸方向に整列して、結晶構造を持っています。コットン繊維やパルプ繊維も、基本的には繊維軸方向にセルロースミクロフィブリルが並んでいます(コットンはらせん構造)。そのため、偏光性を示します。偏光性を示さない物質もありますが、偏光性物質を偏光顕微鏡で観察すると、特徴的に観察することができます。偏光顕微鏡は、岩石の構成成分の解析でよく使われている装置です。高分子系でも、分子配向などを調べるためにも使われています。
 偏光顕微鏡は、光学顕微鏡(生物顕微鏡)に、2枚の偏光板が組み込まれています。検板(観察時の色を強調させる)も組み込まれる偏光顕微鏡もあります。偏光板は、一定方向に分子が整列した板で、サンプルを挟んで上下にセットされています。偏光板の分子方向を上下ともに平行にした観察は、平行ニコル(単ニコル、開放ニコル)と呼ばれ、90度交叉させた場合は、クロスニコル(直交ニコル、交叉ニコル)と呼ばれています。高分子素材の観察では、クロスニコル観察が多いです。通常の観察では、偏光板をクロスニコル状態にしてサンプルをステージにセットし、ステージを回転させて解析します。たまに、上部の偏光子を回転させて観察する人がいますが、基本は、クロスニコルでサンプルステージを回転させて調べます。検板を用いると、サンプルによっては白黒だったものが、カラフルな白になることも多いです。そのため、検板は鋭敏色板とも言われます。検板には幾つかの種類があり、サンプルや目的に応じて使い分けします。
 ちなみに、ニコルとは、偏光を作り出す方解石のプリズムを発明(1825年)した、ウイリアム・ニコル(イギリス)さんから来ています。

セルロースの偏光顕微鏡観察

 上図は、特殊な方法で、コットン繊維から製造した特殊形状のセルロース粉体の偏光顕微鏡写真です。ここでは、クロスニコルで、鋭敏職板を挿入して観察しました。左方向に傾いた矩形状のセルロース粉体は赤色系、右方向に傾いたものは青系になっています。1つの矩形状セルロース粉体中では、それぞれ全体が同じ色になっています。偏光顕微鏡観察での色は、サンプルの厚みによっても変わってきますが、このサンプルは、とても薄いもので、向きによって色が決まっており、この矩形状セルロース粉体では、長軸方向にセルロース分子が配向していると考えることができます。もし、偏光顕微鏡で観察しても、原料セルロースでは明確に方向によって色が決まっているのに、処理後などでは、色があまり明確には現れず、サンプルを回転させても、常に白色に見える場合は、セルロース分子は特定方向に配向しておらず、様々な向きのセルロース分子がランダムに混在していると考えられます。

偏光顕微鏡によるセルロース繊維の評価

樹脂中のセルロース繊維の可視化

 木粉やパルプ等のセルロース繊維を樹脂等に複合化した場合、樹脂中でのセルロース繊維の分散状態などは、複合材料の強度などの物性に影響するため、とても気になります。複合化するあいての樹脂としてポリプロピレン(PP)はよく研究・開発されていますが、PPが結晶性樹脂のため、偏光顕微鏡などで観察しようとすると、PPの結晶が邪魔する場合があります。上図のA(鋭敏色板使用)は、モデル的に木粉系セルロース繊維を、少量の約2wt%程度、溶融混練で複合化しただけの複合材料のシートの偏光顕微鏡画像ですが、シートをホットプレスで成形後にゆっくりと冷却したことでPPの球晶が成長して、セルロース繊維の観察が困難です。これまで、サンプルを顕微鏡用ホットステージなどにセットして、温度を180℃程度に向上させて、PPを溶融させて結晶を消して、観察する方法などがありますが(セルロースは溶融しないので、偏光顕微鏡ではセルロースのみが観察できます)、顕微鏡用ホットステージはとても高価で,手間もかかります。
 上図BはAと同一サンプルですが、PPの結晶は見えず、セルロース繊維のみが観察されています。このサンプルは、ホットプレスでシート成形後にただちに冷水等で急冷(液体窒素を使わなくても、氷水で十分)したのみのサンプルです。急冷によりPPの結晶化は抑制されるため、偏光顕微鏡では何も球晶の模様などは見えてきません。見えるのは、セルロース繊維のみです。ホットプレスでシート化するため、射出成形等での成形体そのものでのセルロース繊維の状態とは異なってしまいますが、セルロース繊維の凝集体の有無などは確認できると思います。とても簡単な方法なので、PP複合材料中のセルロース繊維の簡易的状態観察に使える方法と思います。

セルロース繊維におけるセルロース分子配列の乱れ

 偏光顕微鏡でのセルロース繊維の観察では、繊維軸等に対する色もセルロース繊維のダメージの評価にも使えます。セルロース繊維では、多くの場合で、繊維軸方向にセルロース分子が配向しています。配向が揃っていると、偏光顕微鏡で観察すると、同一の色に見えます。上図は偏光顕微鏡に鋭敏色板をセットしているため、ある角度では青、反対の角度では赤やオレンジに見えます。もし、色がキレイに揃わず、乱れている場合は、そのセルロース繊維(粉体)でのセルロース分子の配向が乱れている可能性があり、複合材料での繊維補強効果が低下する可能性があります。
 上図は、日本製紙のKCフロック・W100G単体を、乾式でボールミル粉砕した場合のセルロース繊維(粉体)の偏光顕微鏡での観察像の変化を示しています。未処理(原料そのまま、未粉砕)では、セルロース繊維軸に沿って、キレイな色が出ています。しかし、90分粉砕後の粒子は特定の色が観察されず、セルロース分子の配向がとても乱れていることが分かります。粉砕後でもダメージをあまり受けていない部分では、色がしっかり出ていますが、とても小さい領域のみです。上図の左下の図では、未処理の場合には、微細な繊維でも全体的に色は単一で、セルロース分子はキレイに配向していることが分かります。
 樹脂複合材料中でのセルロース繊維の偏光顕微鏡観察では、複合化や混練でセルロース繊維がダメージを受けていないかどうかの簡易評価にも偏光顕微鏡は使うことができると思います。セルロース繊維にダメージがあると、複合材料の物性は低下するかもしれません。安価な偏光顕微鏡は、それなりの性能でも10万円程度からあります。シート成形と偏光顕微鏡観察は、工場の現場での簡単な品質管理方法とし活用できるかもしれません。

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WPCの利用事例

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